久能山東照宮・初参詣 [トラベル]
に行った時に、徳川家康の墓所という話を聞いて、一度行ってみようかな?と
思ってから30年の間を開けて久能山東照宮に行きました。
1月5日の平日(長期の連休の会社もあるかと思いますが、そろそろお出かけの
人も減っているだろうと思ったわけです)でしたが、日本平夢テラスの駐車場
は、ガードマンが数人で車を誘導する混雑ぶりで、1月1日とか1月2日を避けて
初詣をする人が多いことを知りました。(元々から初詣という習慣がないので
殆どの人は年明けと同時に行くと思っていました。)
日本平からのロープウェイも駐車場の状況通りに混雑した状態で、チケットを
買う時には並ぶことはありませんでしたが、乗車待ちの列は長かったです。
通常は10-15分間隔の運転のようですが、混雑していたため到着したら乗客を
入れ替えて、ほぼエンドレス状態での運転で、乗車時間自体は5分程度なので
6-7分間隔での運転という感じでした。
車内から下を見るとかなりの高さなので、落ちたら終わりだな…なんてことを
考えなければ良いのに考えてしまい、こういう乗り物は好きになれません。
とは言うものの久能山の下から石段を登ったら1159段あるそうで、語呂合わせ
で「いちいちご苦労さん」と呼ばれる、とロープウェイの音声ガイドで説明が
されていましたが、そんな階段を上るなんてあり得ませんので、ロープウェイ
がなければ絶対に久能山東照宮に行くことはないです。
神主さんと巫女さんは、毎日石段を登って通勤(仕事に行くのですから通勤で
間違いないですよね?)しているそうで、それこそ「いちいちご苦労さん」と
いう感じがしますが、ロープウェイの年間定期は3,500円らしいので、絶対に
それを使って通勤した方が合理的だと思ったりします。
下からの階段を登りきったところからは、石垣いちごのビニールハウスと海が
見えて絶景です。(ロープウェイから降りているので石段を登ってきたという
達成感はありませんが、きれいな景色です。)
ロープウェイで日本平から降りてきても、久能山東照宮の入口から社殿までは
石段が続き、さらに徳川家康公の墓所までは社殿から石段が続きます。
社殿からさらに、この石段を登らないと行けません。
普通の階段ならともかく、石段の段差が目測で20センチ以上あるので、普段は
階段さえ30段ぐらいしか登らない人には過酷な石段登りでしたので、社殿から
先には行っていません。(家康公のお墓があることだけ分かれば良いです)
社殿を正面から見た後、墓所へと続く道を奥へと進むと社殿の横の部分が見え
龍などに守られた絢爛豪華な社殿を見ることが出来ました。
屋根の縁の部分を見ると、韓国のお寺と同じような色遣いなのが不思議な感じ
がしましたが、仏教と儒教の違いもよくわからないので、どうして徳川家康公
の菩提寺の屋根が韓国と同じような感じなのかもわかりませんが、百済の時代
の陶工が日本で焼き物文化を反映させたという話もありますからね、徳川家康
が亡くなって以降の時代に作られたお寺でも、他のお寺では見かけないような
装飾が残されている理由も知りたいと思いましたが、そこまで解説してくれて
いる久能山東照宮の説明は見つけられませんでした。
あの石段は厳しいです、登りはなんとかなりますが降りる時は、膝にくるので
手すりを伝ってヨレヨレと降りるしか出来ませんでした。
段差がある上に急なので怖いと感じますから、もう行くことはないでしょう。
そうですか、久能山東照宮の石段はかなり厳しいのですね。これは元気なうちに行かねば!!!
社殿の装飾が見事ですね。
by 溺愛猫的女人 (2024-01-13 11:34)
メインテナンスのための車道もあると思うますが、神主や巫女さんも歩いて登っているとは、修行のためですかね。
by ヨッシーパパ (2024-01-13 19:49)
溺愛猫的女人さん:
コメントありがとうございます。
段差が20センチぐらいあるので、普通の階段の二段分ぐらいでしょうか。
今の新しい公園だと、もう少し段差が低いので三段分ぐらいかもです。
本当に元気なうちに行かないと本殿にも行けなくなりそうです。
世の中の真面目な人は、働けるうちは働いて定年になってから旅行に
行けば良いと言っている人がいますが、定年まで旅行に行かなかったら
確実に体力は落ちますから、定年後に有名なお寺とか、神社に行ったら
絶対に上まで登れないと思います。
生きてるうちが華、動けるうちが華だと思います。
by suzuran (2024-01-13 23:49)
ヨッシーパパさん:
コメントありがとうございます。
車道はあるのでしょうか?ロープウェイが出来るまでは909段の階段を
登るしかなかったと書いてあったので、秘密の地下トンネルとかの
ごく一部の人しか知らない道以外はないかも知れません。
「苦労は買ってでもしろ」なんて言葉がある国ですからね、自分自身を
痛めつけることが修行に繋がると言い伝えられているかも知れません。
とんでもなく無意味なことだとは思いますが、それが何かの役に立つと
本気で思っている人を批判することは出来ませんので、人それぞれの
価値観に沿って自分が納得できることをすれば良いと思います。
by suzuran (2024-01-13 23:54)