「ステージ4」を発表した坂本龍一さん [音楽]
デビューを飾ったのは、1978年のことでしたが、その三年ほど前からすでに
スタジオミュージシャンとしては活動していたので、プロのミュージシャンと
しては、47年ぐらいの経歴があることになります。
YMOでワールドツアーを実施し、その傍らでアレンジャーとして、サーカスの
「アメリカンフィーリング」のアレンジで、日本レコード大賞編曲賞を受賞し
作曲家として他のアーティストに作品を提供したり、自らが出演した映画作品
の映画音楽を担当し、「戦場のメリークリスマス」では、英国アカデミー賞を
受賞し「ラストエンペラー」では、アメリカのアカデミー賞やグラミー賞など
多くの受賞歴がありますし、俳優としても活躍していました。
最近では、ジョニー・デップが主演し、真田広之も日本側の主役の扱いで出演
していた「MINAMATA」の音楽を担当しています。
個人的にはソロ作品として「energy flow」が好きですが、YMOがテクノ音楽
のブームを牽引していた頃、カーステレオで聴いていたのは「テクノポリス」
とか「ライディーン」、シニカルなコメディ盤だった「スネークマンショー」
もよく聴いていましたし、限定盤のLPが出れば予約して買っていました。
日本語だと「教授」、英語だと「Professor SAKAMOTO」とニックネームが
付いていますが、音楽、映画、環境保全など、多彩な分野での活躍や知識など
坂本龍一さんの才能に触れたら、教授という言葉は普通に出るでしょうね。
その坂本龍一さんが「ステージ4」の癌と闘っていることが発表されました。
最初に癌だと発表されたのは2014年で、中咽頭癌だと発表されましたが、初期
の段階であるとされ、拠点として暮らしているニューヨークの病院での治療で
回復したと発表がありましたが、2020年に新たな癌が見つかり、エンドレスの
闘病が始まったということです。
中咽頭癌が寛解(癌が完全に治癒したわけではありませんが、癌による症状や
検査値の異常が判別できない段階になると寛解と表現されます)した後、治療
した病院での検査によって直腸癌という診断を受けた際、二度目の治療は日本
の医師による診察で余命半年と宣告され、強い抗がん剤を使った場合だろうが
5年の生存率は50%と言われたのがショックで、別の病院でステージ4の診断
を受けて、直腸を30センチと肝臓、リンパを切除する手術を受け、今年までの
2年間で計6回の手術を受け、その中には右左の肺に転移した手術も受けていて
それでもまだ、癌は残っていて外科手術では対応できないので、抗がん剤治療
は、これからも続いていくようです。
癌との闘病(闘い)ではなく、癌と生きて「敬愛するバッハやドビュッシーの
ように最後の瞬間まで音楽を作れたら」というコメントを発表しています。
癌の進行度で「ステージ4」は最終段階で、ホスピスに入って終末医療として
治療ではなく、緩和療法を受ける人もいる病状ですが、最後の瞬間まで音楽を
作れたらという言葉に、教授と呼ばれる音楽センスと民族音楽からクラシック
やジャズ、電子音楽までの広く深い知識を最大限の形にして、遺して行こうと
いう強い意志を感じます。
現在の医学でも癌を完治させることは難しいことは、何人もの友人や知人を癌
によって奪われているので、充分に理解していますが、癌による痛みを抑える
部分については、かなり進歩しているようにも感じています。
坂本龍一さんが癌の痛みによって、音楽を作ることを断念するようなことには
ならないように、医療関係者の最大限のサポートをお願いしたいと思いますし
坂本龍一さんが満足する音楽を完成させられることを祈念します。
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