飛行機の話・B-747 [飛行機・鉄道・自動車]
巨大機が就航するまではボーイング社のB747-400が世界最大でした。
全長とか全幅の話になるとB-777-300の方が大きかったりしますが、乗客数は
二階があった分だけ多かったので、世界最大にしておいて下さい。

ボーイング社は後継機としてB747-8の開発をしましたが、この飛行機の話の
中で何度か書いているように双発機で洋上飛行が可能になってから大型機でも
双発が標準になり、B-747のように四発のエンジンを搭載する理由が無いので
B-747-8の旅客型を発注する会社はありませんでした。
ライセンスの関係でB-747を飛ばせるパイロットが在籍する航空会社は貨物型
を発注した会社はありましたが、事実上旅客機としての使命は終わりました。
日本に最初に就航したのは国際線仕様のB747-100と長距離型のB747-200Bで
国内線用としては日本独自仕様のB-747-100SRが就航しました。
国内の短距離路線専用のため可能な限り座席を多くして、一日当たりの離着陸
が多いので降着装置を強化した機体で、約500人の乗客を乗せられました。
この頃のJALのCMが一番好きでした。
その後、機体の進化が進みB747-300(二階席部分が延長されているためSUD
=Stretched Upper Deckと呼ばれました)シンガポール航空はこの機体には
BIG TOPという愛称を付けていました。
さらにその後にB747-400が投入され、外見上はウイングレットが付いた程度
の違いでしたが、操縦室では計器モニターがマルチタスク対応のディスプレイ
になり、航空機関士の仕事が無くなって、-300までは三人必要だったクルーが
2人で飛ばせるようになりました。
名古屋空港、中部国際空港の定期便ではキャパシティーが大きすぎることから
国際線、国内線ともあまり使用されていませんでしたが、国際線では大韓航空
の名古屋発ソウル行きの往復を二回、キャセイパシフィック航空の成田~香港
の往復を一回、そしてデルタ航空と合併する前のノースウエスト航空で名古屋
~マニラを二往復と日本航空のシンガポール線で片道のみ利用しました。
※ シンガポールの帰り便はMD-11でしたので片道だけです。
ノースウエスト航空ではマイルを使ってマニラから名古屋までビジネスクラス
にアップグレードしてもらいましたが、離陸前にシャンパンを勧められたりも
しましたがメニューを見てもどのような味なのかの想像がつかなくて、心の中
で泣きながらノーサンキューと言いました。今思い出しても残念な話です。
キャセイパシフィック航空のみB747-300SUDでしたが、その他のフライトは
全てB747-400だったので、B747-200Bには乗ったことはありません。
セントレアにて、デトロイト線に就航していたデルタ航空のB747-400
セントレアにて、ソウル(仁川)線に就航していた大韓航空のB747-400
マニラにて、名古屋線に就航していたノースウエスト航空のB747-400
国内線では中部国際空港から沖縄の往復で一回乗りました。
この時は二階席だったのですが、文字通り一生に一度の経験です。
東京(羽田・成田)がメイン利用の方の場合はB747の利用は多かったことと
思いますが、名古屋は中途半端なのでそんなに乗る機会がなかったのは残念な
ことだったと思います。(キャビンが広いのはやっぱり良いです)
1985年に群馬県の御巣鷹山で、修理に不備のあったB747-100SRが墜落して
単独機の事故としては、世界最大の524人の方が亡くなる事故がありましたが
その後は日本では旅客機の事故による死者は出ていません。
この記録が永遠に続くことを願っています。
コメント 0