「命あるもの必ず滅びる」という言葉があるように、人間も生命体である以上
細胞が増殖する力が衰えて、活動を終える細胞の数が上回ってくるといわゆる
老衰という状態になってきて、誤嚥性肺炎や間質性肺炎などで亡くなることが
多くなってくるわけで、寿命だと言ってしまえばそれまでですが、昭和歌謡を
聴いてきた人として筒美京平さんの死は大きな喪失感があります。
私が小学1年生の時のヒット曲、いしだあゆみさんが歌った「ブルーライト・
ヨコハマ」と、アニメで見ていた「おれは怪物くんだ」の主題歌が、私の知る
限りでは、もっとも前に知っている歌ですが、今でも続いているサザエさんの
主題歌も筒美京平さんの作品です。
もうすでに故人の、朝丘雪路さんの「雨がやんだら」とか、尾崎紀世彦さんの
「また逢う日まで」、故人ではありませんが、堺正章さんの「さらば恋人」は
子供ながら好きでした。(北山修さんの詞も良い)
篠山紀信の奥さんの南沙織さんのデビュー曲「17歳」や、今でも時々テレビで
見かける麻丘めぐみさんの「芽ばえ」郷ひろみさんの「男の子女の子」などの
デビュー曲を作ってきたのも筒美京平さんです。
太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」「赤いハイヒール」「九月の雨」など
全て筒美京平さんの作品で、今でも色褪せていません。
庄野真代さんの「飛んでイスタンブール」、故・桑名正博さんの「セクシャル
バイオレットNo.1」、稲垣潤一さんの「ドラマティック・レイン」など当時は
ニューミュージックと呼ばれていたカテゴリーの人たちの作品も、作っていて
アニメの主題歌からニューミュージックまで間口の広い方でしたね。
ジュディ・オングさんの衣装を、カーテンをかぶって真似をしていた人がいた
大ヒット曲「魅せられて」なんて、本当に凄いヒット曲でランジェリーのCM
が堂々と流れるようになったのは、この曲からじゃないのかな。(ワコール)
ホントに昭和の時代が、昭和生まれから見た時の明治時代のように遠ざかって
いく感覚で、自分の余命を真面目に考えてしまいます。
筒美京平さんのご冥福をお祈りします。