お値段245ペソ(日本円換算で、645円)パイナップルジュースを別に付けて
80ペソ=210円なので、合計すると約850円になりますから安くないです。
三年前に来た時は、もっとリーズナブルでしたからフィリピンの物価は確実に
上昇していることが確認できました。
スクランブルエッグは堅めの炒り卵に近い状態でしたが、卵を生食する日本の
食文化とは違うので、サルモネラ菌のリスクがあるので半熟よりも、安全性を
優先させたら、こうなることは当然です。全く文句はありません。
ビーフタパは牛肉のつけ焼きという感じで美味しいです。
誰もがそう思うかはわかりませんが、個人の感想としては十分の朝食です。
この日はまず日本の神風特攻隊の西基地に向かいました。
本土決戦がどうのこうのと軍部が騒いでいた頃、日本はもうすでに攻撃以前に
反撃するための戦力も満足にない状態に追い詰められ、連合軍がフィリピンを
制圧するのも間近ということになり、神風特攻隊を考えついたわけです。
その最前線がフィリピンのマバラカットの海軍基地だったのですね。
最初に行ったのはマバラカット東飛行場跡で、特攻隊員の像があります。
こちらはガイドブックにも掲載されているので、ご存知の方もいるのかな。
次に行ったのはマバラカット西飛行場で、こちらは一般のガイドブックの記載
はありません。何故ならば、私有地の大規模な射撃場の中にあるので、現地の
言葉が話せる人が入口の警備員(45口径のデカい拳銃を腰に付けていますので
丁寧にお願いしないとトラブルの元です)に交渉し、さらに警備員がオーナー
と話をしないと入れてもらえないのです。
敷地の中に入ってからも、しばらく車で移動しないと辿り着けません。
うっそうと茂る草むらの彼方に、初めて特攻機が飛び立った記念碑が建てられ
近付くためには、ヘビや虫が出そうな草むらを歩かなければいけません。
現地在住の日本人の方々はともかくとして、コロナ禍になって以降、日本から
ここに来た人は多分、初めてなんじゃないかと言われましたが、確かに草むら
に人が歩いた形跡はなく、伸び伸びと青草が生え放題の草むらでした。
司令部は草原の横の崖に洞穴(掘ったのか、自然の穴なのかはわかりません)
があり、その中だそうですが、さすがに入るのは止めました。
中に無線機などが残っているのかどうかもわかりません。
「第二次世界大戦に於て日本軍特別攻撃隊が最初に飛び立った場所」と日本語
で書かれていて、ここに思いを残して出撃した人がいたわけです。
祖国に遺した家族への思いとか、いろいろあるだろうなと思わず手を合わせて
しまいました。特攻隊という作戦自体は全く評価しないどころか、日本軍部の
汚点だと思っていますが、その作戦に志願(半ば強要です)した人たちは本当
に悔しい思いがあったと思います。その時代に生きる人達の心と体を傷つける
戦争は愚かな行為です。絶対に繰り返してはいけません。
ということで、志半ばで理不尽な最期を遂げた方々のご冥福を祈った後は別の
射撃場に移動して、ガンシューティングをしました。
入場料が400ペソ、拳銃のレンタルが600ペソで、拳銃はシェアが可能なので
二人で一丁の拳銃を借りて、9mm弾を40発ずつ撃ちました。
1発25ペソのはずでしたが、なんと値上がりして1発50ペソ
三年前にマニラで、45口径のコルトガバメントを撃った時から爆上がりです。
50ペソで40発なので、弾代が2,000ペソ=6,000円でしたから高かったです。
計画ではゴルゴ13のデューク東郷が愛用するM-16とか、ショットガンも撃つ
つもりでしたが、お値段の高さに動揺して止めました。
マニラで撃った時は室内で、射撃後の的もくれましたが、今回は屋外でかなり
中心に当たったんですが的はくれませんでした。拳銃を撃っている時はそちら
に集中していたので写真もありません。マニラではインストラクターが写真も
撮ってくれたんですけどね、クラークの射撃場はサービスが悪いです。
ここまでで長くなってしまったので、続きは次回にします。
この後はフィリピン空軍の退役軍用機が展示されている公園に行きました。
2年9カ月ぶりに日本を離れてマニラへ -4
- トラベル