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マイク・タイソンの敗戦から30年 [スポーツ]

今までに、数多くのチャンピオンが登場してきたボクシングのヘビー級ですが
もっとも一般的に知られている人はマイク・タイソンだと思います。



私が小学生の頃には、故モハメド・アリがベトナム戦争の徴兵を拒否したとか
イスラム教徒になったとかで、いろいろと揉めてタイトルを剥奪されたりした
こともありましたが「蝶のように舞い、蜂のように刺す」というフレーズでも
知られているように、ヘビー級の重さを感じさせないスピードとフットワーク
で、最強チャンピオンだと誰もが認める存在でした。


現在のチャンピオンはWBA、IBF、WBOがアンソニー・ジョシュア
WBCがタイソン・フューリーですが、個人的に現在のヘビー級には全く興味が
なくて、井上尚弥、マニー・パッキャオ、ノニト・ドネアの動向以外はあまり
知らないのが実際のところです。



非行少年だったマイク・タイソンが少年院から出た後、身元引受人になり生活
の面倒を見ながらボクシングを教えたカス・ダマトの元でヘビー級史上最強の
チャンピオンとして連続防衛を続けていたもののトレーナーのカス・ダマトが
亡くなった後は、悪名高いプロモーターのドン・キングと契約し、生活が乱れ
1991年のジェームス・ダグラスとの東京ドームの試合で、マイク・タイソンは
KO負けをして初の敗戦となり、転落が始まりました。



翌年、18歳の女性を強姦したとして逮捕、懲役6年の判決を受けて収監された
ものの3年で仮釈放され、1996年にWBCのチャンピオンに復帰したものの指名
試合を拒否してタイトル剥奪、WBAのチャンピオンにも復帰したものの防衛戦
に負けてタイトル陥落と、ちょっと強い並みのボクサーになったことが世間に
認識されるようになってしまいました。

前回の防衛戦で負けたイベンダー・ホリフィールドと再戦をしたものの、耳に
噛みつく反則で失格負けになりボクサーとしての経歴は大きく棄損しました。

さらに、その後も暴行事件や薬物事件を起こして逮捕、罰金が続き、2002年
レノックス・ルイスのWBC、IBF、WBOの統一王座に挑戦し、8RでKO負けを
して事実上、メインイベンターとしては終わり、2005年の試合を最後に引退
ということになっていて、マイク・タイソンの大きな転機になった試合が30年
前に東京ドームで行われていたということになります。
NHKの番組風に言うと、その時歴史が動いたということになるのかな。

何度かその後も日本に来る話がありましたが、強姦という重大犯罪や薬物使用
の前科がある犯罪者、現在は自分自身で大麻農園を経営する大麻常習者なので
日本の入国許可は絶対に出ないと思います。

プロモーターのドン・キングというのが、見た目もかなりアレなタイプの上に
実務上も契約選手のファイトマネーを誤魔化したり、支払遅延をしたりという
かなり悪辣な無法者なので、このプロモーターと契約したのが運の尽きだった
という見方がかなり大きいのですが、覆水盆に返らずということで、人を安易
に信用してはいけないという見本みたいな話でもあります。

スポーツドクターも兼任している脳外科の医師が、脳震盪の怖さについて説明
している動画を見ていた時に、サッカーやラグビーでは脳震盪になったと同時
に試合から外して、少なくとも数日間は安静にして経過観察をすると決まりが
あるのに、相手を殴り倒して脳震盪を起こさせる競技(競技名は出しませんが
ボクシングのことですよね)があるというのはちょっとどうかと思うみたいな
発言をしているのを見て、競技生活が長ければ後遺症が出るのも当然な危険な
スポーツであることは理解できました。


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