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石原プロモーションの解散 [芸能]

故・石原裕次郎さんが、1963年に設立した石原プロモーションが58年の歴史
に幕引きをして、会社の商号が石原裕次郎さんに返還され、昨年、亡くなった
渡哲也さんの墓前にも報告がなされて、終業が宣言されました。

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1963年1月16日に登記された石原プロモーションは、2021年1月16日を以って
石原裕次郎さんが亡くなった時に遺言されていたように会社が畳まれたことに
なりますが、社員や所属俳優の生活を守るためとして、渡哲也さんが二代目の
社長として切り盛りし、2011年からは、まき子夫人が会長として会社を守って
きましたが、まき子夫人も高齢となったこともあり終業を決断されました。


私が生まれた次の年から石原プロモーションは存在していたわけで、私が子供
の頃から母親は、石原裕次郎さんのファンだったことから「銀座の恋の物語」
や「赤いハンカチ」「錆びたナイフ」「夜霧よ今夜も有難う」などのレコード
を聞いて育ってきたので、出演映画(主に1950年から1970年代)については
ほとんど記憶にありませんが「太陽にほえろ」「大都会」「西部警察」などの
テレビドラマはかなり熱心に見ていました。





石原プロモーションには「ルビーの指環」などのヒットを出した寺尾聡さんも
在籍していましたが、作品が売れて多忙になった後、歌手としての仕事に専念
したいと言う寺尾聰さんを気持ちよく送り出した、というエピソードもあって
ヒット曲を出したから事務所に縛り付けるようなことをしないで、これからの
可能性を本人に委ねる度量の大きさこそが大スターなんだなと思いました。



特に「西部警察」は、ほぼ石原裕次郎さんの遺作のような感じでしたが最終回
で、大門刑事部長(渡哲也さん)が殉職した時の石原裕次郎さんの演技は本当
に渡哲也さんにお別れをしているような感じで、記憶に残っています。

亡くなる前に出した「わが人生に悔いなし」「北の旅人」は裕次郎さん本人が
自分の死期を悟ったような歌詞で、美空ひばりさんの「川の流れのように」と
同じように遺言のように聞こえました。



小樽の石原裕次郎記念館(今はもう閉館になっています。)にも行きましたし
裕次郎さんと同年代の人たち以外では、最後のリアルタイムの石原裕次郎さん
を覚えている世代になるんじゃないのかなと思います。

石原プロモーションが解散したことで、昭和の頃の大スターが設立した個人の
芸能プロはほぼ無くなったんじゃないのかなと思いますが、これもまた時代の
流れなんでしょうね。


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サンフランシスコ人

石原裕次郎主演の『太平洋ひとりぼっち』を推薦します...
by サンフランシスコ人 (2022-12-20 06:55) 

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