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シンボリクリスエスが蹄葉炎で死亡 [競馬]

2002年、2003年の有馬記念を連覇した名馬シンボリクリスエスが、種牡馬を
引退してから繋養されていた千葉県成田市のシンボリ牧場で、蹄葉炎のために
死亡(安楽死)しました。



日本ダービーでは2着でしたが、その後、天皇賞・秋と有馬記念をそれぞれに
2002年と2003年に連覇して引退、社台スタリオンステーションで、種牡馬と
して多くの産駒を残しましたが、その中でも牝馬三冠馬のデアリングタクトの
父であるエピファネイアが代表的な後継種牡馬になっています。


また、障害レース(生け垣を飛び越して走るレース)のGⅠを7勝している他
一昨年には、平地のレースの有馬記念にも出走しているオジュウチョウサンや
日本ダービー、天皇賞・秋を勝っているレイデオロの母父としても、血統表に
名前を残していて競走馬としても種牡馬としても成功している馬でした。

2004年から社台スタリオンステーションで種牡馬になった後、北海道の早来に
ある社台SSまで見学に行った時に、ディープインパクトやキンシャサノキセキ
キングカメハメハ、クロフネ、ダイワメジャーなどと一緒に見れました。



2016年にはブリーダーズ・スタリオン・ステーションに移って種牡馬を続けて
いましたが、高齢になってきて受胎率が下がってきたことと、暖かいところで
余生を過ごすということで種牡馬を引退して、去年からシンボリ牧場に移動し
のんびりと暮らしていましたが、今年の9月に蹄葉炎を発症したために治療が
続けられていましたが、12月7日に自力で立つことが出来なくなったことから
安楽死の処置がとられたようです。

シンボリクリスエスは競走馬として、年度代表馬(2003年,2002年)、最優秀
4歳以上牡馬(2003年)、最優秀3歳牡馬(2002年)の表彰を受けています。

蹄葉炎の話が出たので蹄葉炎の話を簡単に書きます。
四本の脚で体重を支える馬は、どれか一本を痛めると他の脚に負担がかかり蹄
に血行障害が起きて、蹄に炎症が起きるのが蹄葉炎で、激しい痛みで歩けない
ために、歩くことで蹄を収縮させて全身に血液を循環させるという重要な役割
が出来なくなり、全身状態も悪化して痛みと苦しみを伴う状態のまま治療効果
も期待できないという状況になるため、痛みと苦しみから解放するための最後
の手段として安楽死の処置をとることになります。

蹄葉炎という病名が広く知られるようになったのはテンポイントという競走馬
がレース中に骨折し、獣医師の診断は予後不良(治療をしても、回復の望みが
なく安楽死を勧められるケース)でしたが、馬主と全国のテンポイントファン
からの電話や手紙による延命治療の請願により手術をしたものの蹄葉炎になり
痛みに苦しみながら亡くなるという事故の時でした。



安楽死という処置は人間の都合と思われることもありますが、回復する見込み
のない手術をして痛い目に遭わせた上に、血行障害による合併症で激しい痛み
と苦しみを長期間耐えた挙句に死んでいくのと、筋弛緩剤の使用により苦しむ
ことなく命の灯火が消えるのと、どちらが残酷かという話です。

競走馬を引退した後で蹄葉炎で亡くなっているのはサッカーボーイ、ウォッカ
ダンスパートナー、サンデーサイレンスなどです。


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