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バレンタインデーの由来について [イベント]


たまには国民的行事についても書いてみようということで、悲喜こもごも
の光景が見られる、聖・バレンタインデーの由来からバレンタインデーが
決められた理由について書いてみたいと思います。

話は、皇帝ネロ(囚人をライオンと戦わせた暴君として有名ですね。)が
君臨していたこともあるローマ帝国の時代にまで遡ります。

各種の文献を照らし合わせてみても、実在していたという説が多いので、
ローマ帝国に存在していたという前提で話を進めますと、バレンタインと
いう名前の司教(簡単に言うと牧師かな?僧侶かな?)がいました。

当時、ローマ帝国は世界最強の軍事国家とされていた位ですから何よりも
必要なのは最強の軍事力、つまり、心身ともに健康な兵士たちでした。


当時の皇帝クラウディウスは、士気の低下を問題視して兵士同士の結婚を
禁じていましたが、バレンタイン司教は皇帝の意向に逆らう形で、タブー
とされた兵士同士の結婚式を執り行ってしまいました。

世の中、美談の影には嫉妬が存在するもので、密告者によって通報された
バレンタイン司教は兵士たちに捕らえられてしまい、衆人環視の元で処刑
されてしまったのでした。

というのが、一通りのバレンタイン司教の伝説なのですが、この行為から
実らないはずの恋愛を成就させた、愛の守護神としてバレンタインの名前
はいつまでも語り継がれることとなったのでした。

当時のローマ帝国といえば当然の如く、現代のような男女同権の時代では
ありませんから、兵士同士の恋愛といえば、普通に考えたら男同士だった
というように想像しますが、詳しい性別まではわかりません。

そういうように考えると、バレンタインという人は随分と進歩的というか
性に対してもオープンな考え方の持ち主だったとも言えそうです。

まあ、日本においても、戦国時代には小姓(少年の夜伽)が武将について
寵愛を受けていたという話もありますので精神的にも肉体的にも極限状態
に近いような環境の中で日々を暮らしていた戦時体制の軍事国家の中では
ホモセクシャルというのは自然の流れだったのかも知れません。

ともかく、非業の死を遂げたバレンタインの名は「愛の守護神」として、
数百年以上前のことにも関わらず、現代まで語り継がれてきています。

そしてバレンタイン司教の命日が、聖バレンタインデーと名前を変えて、
恋愛が成就する日として、現在まで伝えられています。

というように考えると特に女性から男性へという決まりはないわけなので
女性が男性にプレゼントをおねだりしても別に問題はないわけです。
普通はしないでしょうけど、最近は無節操なのもいるからわかりません。

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木村 幸子

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